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渋沢栄一が新一万円札の肖像に!

渋沢栄一肖像の新一万円札が誕生。2024年をめどに紙幣を刷新する方針を政府が発表。
<平成31年(令和1年)4月9日記述>

【資本主義の父】渋沢栄一が新一万円札の肖像になる!
 ~令和6年(2024年)をめどに20年ぶり刷新の予定~
 と平成31年4月9日、報道されました

聖徳太子、福沢諭吉につづく富の象徴・一万円札の肖像が渋沢栄一に!
報道の日「えっ、誰?」って思った方も少なくない中、地元の埼玉では知らない人がいないと
いわれる知名度の同氏。では、その渋沢栄一ってどんな人なのでしょう?
新一万円札が普通に生活に慣れ親しんだ頃には、本日のように「渋沢栄一って誰?」と世間が失礼にも首を傾げた反応さえも、すでに昔の記憶となっているのでしょうか。
そして新五千円札、新千円札は、それぞれ樋口一葉⇒津田梅子、野口英世⇒北里柴三郎に。

千円札は細菌学者の野口英世から、同じ細菌学者であり『近代日本医学の父』と呼ばれる
北里柴三郎に。(右側)
五千円札は小説家の樋口一葉から、津田塾大学の創始者で女子教育の先駆者・津田梅子(中央)にそれぞれ様変わりするという。千円札、五千円札は20年ぶりの交代。
そして、1984年の登場から一万円札の象徴だった慶應義塾大学の設立者・福沢諭吉も
40年ぶりの刷新となり、長く親しんできた福沢諭吉の交代には『寂しい』の声が非常に多く
あがっている。

『一万円札』がはじめて登場したのは1958年のことで肖像画は聖徳太子だったが、戦後の日本経済をふり返ってみた時、『一万円札』の変化が経済の大きな節目になってきたといわれる。
1958年当時の大卒の初任給といえば約1万3000円で、一万円札は庶民がなかなか手にすることのないような高額紙幣だったが…
その後の高度経済成長とともに物価、賃金が上昇し、国民の多くが『聖徳太子』をあたりまえのように手にする時代を迎える。
その『一万円札』が福沢諭吉に変わったのは1984年。新たな一万円札の登場後、バブル到来で日本経済は絶頂の時を迎えた。当時のディスコでは、福沢諭吉が宙を舞うほどのまさにバブル景気が訪れ、やがてその崩壊とともに経済は長い低迷の時代に。
そして5年後の令和5年に新たに登場すると発表された新一万円札の顔となるのが渋沢栄一。
日本経済はどのような時代を迎えるのだろうか?

 では、渋沢栄一ってどんな人なの?

「日本の資本主義の父」渋沢栄一

帝国ホテルや東京電力などの設立に関わり、明治から大正期にかけて活躍した実業家で『日本の資本主義の父』と呼ばれた渋沢栄一。
第一国立銀行(現・みずほ銀行)を拠点に企業の育成に力を入れ、生涯500もの企業に関わった。上記以外にも、東京証券取引所、帝国劇場、日本赤十字社、東京大学などが主だったものとして挙げられる。
現在の日本の銀行や保険など、金融関係の源を作り上げた人物であるという認識をきちんともった方も少なくない一方、平成末の世間では知名度はイマイチのよう。(平成31年4月記)

埼玉県深谷市では『地元で生まれた偉人』として
その知名度はほぼ100%だという。
 

埼玉県深谷市、深谷駅前の渋沢栄一の銅 /  レンガ調の深谷駅

「ふっかちゃん」のからくり時計。一時間置きに、ふっかちゃんに変わって舞台の下から
日本の市松人形と米国の青い目の女の子の人形を両手に抱えた渋沢栄一が現れるようです。


 

 

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